「いち事業家のプライベートな記録」


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by generator_tomo
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カテゴリ:潜在意識( 31 )


「プライド死」か

経営者とは、プライドを捨てた人のことだと決めて起業した方が、失敗したときに楽だと思う。それと、ずっと様々な苦しみからは逃れられないということも。月日がたてばたつほど、いろんな醜い部分も見えてくるしね、永久的にその苦しみは、続くと思うべきで、これはごく普通の会社員の多分100倍近いんではないかと、勝手に想像。比較は出来ないけどというか、しちゃいけんけどね。

経営者に自殺者が多いのは、悪魔が顔を出しちゃうからなんですよね。見えなかったものが見えてしまったときに、飲み込まれるのか飲み込むのかの戦争が始まる。飲み込めば救われるかといえば、実は、救われない。これが、経営。それでいて、営業停止という「大義名分」が無くなった状態のときの、悪魔との決戦は極めて極めて危険。

そんなことも露知らず、外部アドバイザー的であって、お金を「にんじん化」させる連中で、舐めた口調な人も結構いるもんで。これまた、心に防御壁の無い経営者は、つぶされていくんですよね。つぶされないためにはね、時々、「働かない」というふうにすると大丈夫。

当社社外取締役のブログ。友人の経営者が亡くなられたそうだ。本当にね、つらいし、悔しいね。ご冥福をお祈り申し上げます。「誰を愛し、誰に愛されたのか。どんなことをして感謝されたのか。」読んでると、涙が出てきました。

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by generator_tomo | 2010-04-21 01:01 | 潜在意識

秘密

今読んでいる歴史小説、播磨灘物語の途中、どうしても現代小説が脳みそ的に欲しくなってつい。秘密 東野圭吾著、颯月も夢中になるほど面白かった(笑、以下写真ご参考)。映画「秘密」の原作。98年度ベストミステリー。

泣けるね。小説として完成されていて、表現力も天才的。本筋から離れ添えられた興趣であるも、加害者家族の娘の複雑な心情の、表現の仕方がすごいと思った。

「平介は後ろを振り返った。すると梶川逸美はまだ改札口の向こうにいた。彼等のほうに真摯な眼差しを向けていた。平介は手を振った。直子も同じようにした。梶川逸美の顔が瞬く間に泣き顔に変わった。」

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親の真似だ。
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by generator_tomo | 2010-04-19 04:23 | 潜在意識

悪魔の思想が根絶される

「悼む人」~天童荒太著を読んだ。最初の50ページくらいは、ちょっと異常な人の話なのかなと思い、途中で止めようかと悩みつつ、15年前に途中で止めた「ねじまき鳥クロニクル」の主人公が井戸に入っておかしくなっているくらい、受け付けないかなと思いましたが、結局もう30過ぎの大人になったことだし、手をつけたら最後までな感じで読み進めると、意外やイガイかなりはまってしまいました。

各人の、いろんな行動や思いが重なり合い、人と人の間でその関連性を増していく感じ。主体性、客体性、そして社会性。その三つがくるくる回って物語を作っている感じだ。言い換えると、悼むポイントである、誰を愛し、誰に愛され、どんなことで感謝されたかの三つだ。

ちょっと衝撃過ぎて、私自身、何を書いているのか、書いて良いのかわからない状態。ただ、なんとなく、キーボードを叩き、発信している感じ。私は、この作者を10年前から好きなんですが、今回の本もまた大作だし、8年の月日を要したそうな。

作者の宗教観というか、古くて新しい天童教なる価値観を、読者に与える、聖なる本のような気がします。何度も読みたい本ですね。最近なくなった祖父や父を思い出しました。誰を愛し、誰に愛され、何で感謝されたかをよく考えて見ると、なんとも言えない感情が湧き出る。

作者は、絶望を悪魔を、次のように表現。「人間が生きる理由は、愛も夢も関係ない。細胞の力だ。原生動物と同じ細胞の貪欲な生命力が人を生かしている。ヒトという種を残すために発達した脳が、いわば副作用としてゾウリムシと同等なのを恥じ、相や仕事のために生きているだの、神仏や聖なる存在に生かされているだのと、愚かな言い訳を創造したのさ。」と。この類の思考に取り付かれやすいのは、私も同じ。

「生をもっともらしく語り、死を飾る。たぶん犬死を怖がっているんだろう。死そのものではなく、自分の死が無意味だということ、懸命に生きてきた人生が原生動物の死とおなじものに帰す、」という真実は、悪魔がささやいて教えてくれる。

しかし、このささやきでさえも、否定されるわけではなく、存在を消されるのでもなく、殆どどうでも良くなるような、無力化させる力を、この本は持っている。とにもかくにも、読んでみるべし。上手く表現できないが、ちょっと救われた感じ。何度も読むに値する。

愛とは執着であると定義するも、ある登場人物が、「執着であって執着でない」と理解するところも、主人公「悼む人」の悼むことによる奉仕と、「悼む人」の家族の犠牲という二律背反性に、上手くつながっている感じ。なんというんですかねぇ。上手く表現できないですね。聖なる本ですね。

ちなみに、アマゾンのレビューは、スポラッカ氏より前の人のはちょっといただけない。特に、一番最初のは、この本の中身もさることながら、表面的な部分、例えば「悼むこと」さえも理解していない感じ。辞書はそう書いてあるかもしれないけども、本ではそうは言ってないし書かれてない。しかし、皆さん「参考になった」とのこと。はて??まあいいや。

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by generator_tomo | 2010-04-10 04:42 | 潜在意識

悪人

書籍の題目。悪人(上下巻)吉田修一著

彗星が近づいているのか、100日咳の気配。咳止まらず、仕事休む。昨日は新子安3時上がりなので、火曜日朝は本当につらいので、来週以降シフトインを減らす方向。経営する戸越店は、もうそろそろ自立だ。

9時に颯月を保育園につれていく途中。ふと颯月に、「サーちゃん何歳?」って聞いてみたら、指を一本立て「いっちゃーい」というではありませんか。保育園の先生に聞いたところ、初めて知ったとのことで、誰が教えたのか不思議である。本日、颯月が帰ってきたら、動画とってみようっと。

で、タイトルの「悪人」。福岡、佐賀、長崎を舞台とした小説。切ないというか、読み終わったあと5時間くらいじわじわくる。クライマックスにかけて、描写がだんだん美味くなってるし、これって結構構想段階から時間がかかって、著者の執筆能力が高まったからなのか、あえてそういうふうにしたのかは不明。実際、佐賀の風景を「長崎と違い、気が抜けてしまうほど平坦な土地で、どこまでも単調な街道が伸びている」とし、それがこれなんだけども、その単調さと小説前半の単調さを重ねていたりして。と邪推。

小説最後でわかるも、「・・・どっちも被害者にはなれんたい(なれない)」という主人公の言葉のとおり、物事の捉え方の複雑さを、因果応報的に表現している。恣意的に(物事の捉え方を)単純化させようとする主人公の行動が、登場人物にとっても、読者にとっても、この複雑な心境「じわじわ」感を生じさせる。じわじわっと来ます。

複雑さを理解するのを拒否し、善か悪かで判断したがる、単純化したがるのは、人の癖。理解したいがために、形而上を拒否する相矛盾。昨今のマスコミでもそうだが、世の常。そこでマザーテレサの言葉を思い出す。


人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく善を行い続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で誠実であり続けないさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。けり返されるかもしれません。気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく、最良のものを与え続けなさい…。



小説では、三瀬峠とかでてきますが、よく両親と雨の日に沢蟹を取りにいっていた記憶が。結構おもしろい。フライにするとおいしいんだなこれが。と梯子はずした感のコメントで申し訳ないのですが、最後に佐賀の単調な風景に関していえば、あんまり良い思い出もなく、単調な日々を過ごすことが本当にもったいなく、大型書店に入り浸りで限られた情報を収集し、「なにかやりたい、なにかやりたい」と飛び出し欲求が鬱積していましたねぇ。確かに。

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by generator_tomo | 2010-02-09 13:13 | 潜在意識

品性・品格の問題

週末は大阪出張でした。久々の大阪。いろいろお店も変わってました。賃料が高い一等立地はどんどん変わっていきますね。一人勝ちらしい鳥専門店で、鳥のカルパッチョや昆布漬けやらいろいろ珍しい料理を頂戴しました。鳥を食いすぎて頭が痛くなりました。大体、肉を食べると頭が痛くなるのですが、、いくら肉食男子でもさすがに限界(笑)。大阪で顔が超広いと有名なT女史&ジュエリーショップ経営者の方と3名でした。

8年来のお付き合いで、近況報告。8月1日は、夏に調子の上がった「ダオタイ」(冬はしんど)で接待ということで、これまた楽しみであります。

さて、そろそろ本格的に動ける感じになってきました。「後処理」に半年かかりました。一部残っておりますが、ゆっくり時間をかけないとどうしようもないものなので、まあ、どうしようもありません。(二重の強調)いやー、つらい半年間でした。「年末までに失敗しない店舗を1店舗、来年は2店舗」を目指して、頑張りたいと思います。

思考が、あっちいったりこっちいったりホント大変でした。程度の問題こそあれ、これからも同じなんでしょうけど。

半年間、良い経験をさせてもらいました。もしかしたら一皮剥けたかもしれないなという期待もあり、あくまでも期待ですが、実力はわかりません。次はさすがに、出店基準が明確なので、失敗は多分無いと思いますが・・・。また、弊社と某社企画開発のソリューションもなんだか大量にうれそうな気配がしてますし、なんとかこのまま生きていけそうな感じです。

題目の、品性・品格って書いたのは、やはり人の問題。これまた面白いんですよね。なんだか、落ち込んでいるときに、会社で言えば、要は「あんたんとこ、今お金ないやろ」みたいな認識を持ったとたんに、態度ががらりと変わる人がちらほら。

そういうところで、人付き合いの重要度を決めると結構正しい判断かもしれません。いやー、暗い話です。しかし、現実なんですよね。

出店前に、ちょっと手伝わせろよぉなんてきて、人の紹介などで多少の手数料稼ぎ屋さんが、ちょうしこいた感じでしゃべってたのに、電話したら無愛想な声。他には、急に上から目線な態度になって、説教し始めるとか。あるところを訪問すると、社長に寄生してたんじゃなかったっけ?な役員が急に社長以上に態度がでかくなっっていたり、あれ?いつの間に同列以下?な感じで。「おぼれた犬は某でたたけ」みたいな、何処かの下品な諺でしたっけ?、そういう人結構いましたね。

とはいっても、大多数は態度に表さず、さーっといなくなるんですけどね。

さらに、これまた、つらいときに、「私を解雇にしてください」とかいわれちゃったときには、鼻血が出そうでしたね。「まあ、今やめられると引継ぎ体制できてないから・・・」と引きとめ、しばらく後に、店内で社長の文句なんか言い始め、はては、「社長は社長ではない、平林さん」なんていわれちゃー、プライドずたずた。

これは、性格の問題だし、品性品格の問題ですね。「あいつぅーー、ぜんぜんわかってねぇーっ」とか影で言わた時点で、経営者失格ですね。まあ、コミュニケーション不足っちゅうことです。それにしても、こういう従業員って、珍しいと思っていたのですが、いろんなところで聞きますね。ある経営者も本当に泣いてました。でも、まあ、経営者の責任です。つまり、私の責任。5店舗の時は、現場になかなか入れず本当に申し訳ないと思っています。初心忘れずべからずですね。

「風よお前は知っているのか。人はだれでも嘆きのメロディー。」 
石原裕次郎 嘆きのメロディー

まあ、人間所詮はこんなもんと思いきや、G社のSさんとか、Y銀行の担当者とか、O社のKさんとか、C社のI社長とか、そして、今いる社員のKさんとか、S君とか、当然他の社員もアルバイトも、全く前も後ろも態度が変わらない。C社のH社長とか、時々電話してくれて「どうですかぁぁ」なんて言いながらコミュニケーションとってくれたり。税理士先生は、泣いてくれたり。社労士先生は格安にしてくれたり。

実は結構びっくりしたのが、ダスキンの担当者だったりその上の方だったり。態度が変わらない。あえて社名を公表しますが、この会社、本当にすごいですよ。人ができてます。だから業績が伸びるのだと思いました。仕事を通じた魂の磨きを実践している会社だとつくづく思いました。すごいし、本当にありがたい会社であります。

相手がどうであれ、どんな状況であれ、どんな立場であれ、お金持ちや持っていない人であれ、自身の態度が変わらないって、これって、本当にすごいと思うんです。品性というか品格というか。地に足が着いているというか。私は、「こういう人達こそ、本当の友人であって、最も大事にすべきだ」と思いますし、自分もそうであるべきだと、常に思っています。

当然、社長という立場、そのサブの人でも同じで、媚び諂うような態度は下品。一方で、調子に乗っているときは、調子こいたことをいっていたのが、調子悪くなると有名な上場企業の社長の名前を出して、あたかも気の知れあった状況であるかのごとくコメントしてバリアを張ってしまったり、自身の価値を上げようとしたり、そういう社長さんもいて、これまた吐き気がしてしまいます。え?オレのこと???ってそこまでやったかな。。いやーー。。。

どんなにお金を持とうが持たまいが、いつも一定のポジションで、一定の距離感、一定の心持ちよう(スタンス)のある、安定した人間になりたいものです。で、こんな話題こそ、品性品格に欠ける。まあ、それは認識した上で。
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by generator_tomo | 2009-07-08 04:58 | 潜在意識

人生無価値論

前回のつづき。

ここで、悪魔のささやきによって影響された思想を説明。人生無価値論とは、今ある現状をふと見回したとき、「これをやってどうなる?」、「だからなんなんだ?」とか、そういったあったはずの価値を、否定してしまう、見失ってしまう心境である。全てが馬鹿馬鹿しくなり、気力を失う。

正直言うと「鬱」に近いのでは無いだろうか。心を支配され、行動が抑制されてしまうと病院にいかざるを得なくなる。「論」と書いたが、論ではない。まあ、いずれ分析をすすめると論らしくなるかもしれない。

ところで、この文章は、「鬱」にならないための、理論的な武装の役割も果たすかもしれないとふと思う。けど、「鬱」になってもいいとも、ふと思う。悪魔がささやく。中小の社長に多いらいい「鬱」、いわば社長病の領域に引きずり込まれようとする。何かわからないけど、魂の叫びで呼びもどされる。

ある大事な人が、「人間は死ぬときに無に帰る」ということを言った記憶が、潜在意識レベルにまで到達している状況もある。「無」であると。唯物論こそが、人生無価値論の根拠かもしれない。「無」という状態に回帰し、人生が終わる。所詮人間も物質に過ぎない。思いや思考、行動信号も、あらゆる物質の化学反応に過ぎない。

その考え方を持ったとするならば、稲盛氏の言葉の前提となっている魂は否定され、「無」論な読者に無論響かない。しゃれだ。そもそも、前提条件が違いすぎる。

しかし、幸いにも、私は、潜在意識の存在、念、思いの存在に気がついている。それが稲盛氏の言う魂なのかどうかは不明だ。そもそも、「魂」という言葉自体が、なにか胡散臭くて嫌だ。と勝手に思い込む。具体的には後の文章に譲るも、そこにこそ、この問題解決の糸口があるのかもしれない。

悪魔に支配された無価値な心の状態に陥ってしまってしばらくたつと、腹が減った、のどが渇いた、風呂に入りたい、と思う。「あ、そうか、そういった根源的な欲求こそが、価値の根源であって、満たしてくれる物質にこそ、価値があって実際に値段がつく」、さらには「そういった生活の営みこそに、人生の価値があるのではないか」というように、心が回生する。

「食べたいと思うのは、その鼓動をとめさせないための無意識の反応である」。つまり我々は、「生きる」ことこそが、根源的な使命というのか「必然」であって、「じゃあどのように生きるの?」というところに、自分の資源をフォーカスすればよいことになる。

悪魔は、そこで、引っ込んでしまおうとするも、ちらっと後ろを向いてさらにささやく。「じゃあ食うだけでいいじゃねえか、あとは放っておけ」。
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by generator_tomo | 2009-06-24 04:48 | 潜在意識

心を高め魂を磨く(プロローグ)

前回のつづき。

人間が生きている意味、人生の目的は、「それは心を高めること、魂を磨くこと」にあるそうだ。数々の修羅場を乗り越えられた方、短くも長い人生の中で、あらゆる邪念を払拭し、そこに行き着く境地は理解できるし、きっと正しいであろう。盲目的に、追随するならば、こんな幸せなことはない。

括弧内の文言をさらに具体化すると、「俗世間に生き、さまざまな苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命生きていく。そのプロセスそのものを磨き砂として、おのれの人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも高い次元の魂をもってこの世を去っていく」、ことだ。

その生きる目的や、生きる価値は、「昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に勤めるそのたゆまぬ作業、地道な営為、つつましき求道」にこそ存在する。作業、営為、求道とは、「労働」であって、目前の仕事に脇目もふらず打ち込むことなり。

綺麗な哲学だが、しかし、労苦という試練を「機会」としてとらえることができる人に、さらには「倦まず弛まず」やれる人に限定されている旨、但し書きされている。つまりは、そのようにできる人のみ採用すればよい哲学なのである。

いくら悪魔が、「本質的な無価値論から目を背けさせるための労働であって、本質を見ないですむための状態にする、つまりは脇目もふらずに打ち込む状態にすることで、私のささやきから逃れているだけである」と、「逃げじゃないか」なんてほざいても、「あっそお」で済まされてしまう哲学だ。

対決しようにもできない留保条件があって、これでは、面白くないし、なんら解決はしない。ふと悪魔のささやきに反応してしまった段階で、生きる目的や価値を失う。なんか、言葉遊びでぐるぐる回っている感じだ。

ここには、悪魔を封じ込めるお守りシールは無い。悪魔を無視したままこの書は進むのか。
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by generator_tomo | 2009-06-24 04:13 | 潜在意識

蓋(ふた)(生き方/プロローグ)

現在の状況は、私にとっては「我慢」し、資本を蓄積することに主眼を置く状況であって、考える時間ともう一度人生を見直す時間には、最適な状況である。

時折ふと蓋が外れてしまうくらい、現状の停滞が、私のとっては自覚症状の無い「つらい」状況なのかもしれない。

蓋とは、私が勝手に観念的な意味を持たせた単語であって、人生という価値が、「結局は無価値」であると思わせないボトルキャップのようなものである。

この無価値論は、時々私を悩ませ、病気にさせる思想であり、悪魔の思想だと思う。全てが馬鹿馬鹿しくなり、生きる気力さえも削がれ奪われ、この悪魔は私の人生を更なる無価値の状況へ追い込んでいく。

この悪魔との戦いは、かれこれ20年近いかもしれない。いつごろ現れたのかはわからないが、具体化してきたのは、その抑制が効かなくなった20歳前後ではないかと思われる。原因は、ある大事な人の絶望であったり、親戚間の他愛も無い争いで受けた被差別待遇であったりとか、転校後のいじめであったりとか、心がしっかりしていない時期の傷なのかもしれない。

そもそも、こうやってブログを書くこと自体が、例の悪魔は、無価値と思わせるはずであるが、こうやって書いてるだけあって、今はおとなしく寝ているのだろう。

仮面の告白に似た心境かもしれないが、見てはいけないものを見てきた思いもあり、それは自分自身の根幹にかかわることでもあり、そこに勝利しないと次に進めない。それを文章化し、公開することによって、蓋がはずれて見てはいけないものを見てしまった人にとって悪魔との戦いに勝利する一助になるかもしれないし、その思いからあえて公開したい。

この戦いは、終結することなく、人生の最後の一瞬まで、繰り広げられるだろう。だた、彼と無駄な対話をし、結局は戦争となり、彼を乗り越え、蓋をすることによって、ここまでやってきたし、その時々の勝利宣言が、「マイナスかけるマイナスはプラスだ」の「究極のマイナス思考」だったのを思い出す。どうせ死ねないのだから、生きるか。だったら、徹底的に暴れてやろうじゃないか。

しかし、今よく考えると、この勝利宣言こそが、彼に彼を乗じたものであって、彼はさらなる力の根源をその都度得てきたのかもしれないし、私は、彼の手玉に乗せられてただ踊っていただけなのかもしれない。

できれば、彼とは会いたくは無いし、見たくも無い。会わなくてもすむ、見なくてもすむ、状況へ導いてくれるかもしれない思想が、ここにある。それは、「生き方」稲盛和夫著である。オーシャンズの団塊世代社長にも紹介されたし、昨日のサブライム社長からも紹介された本である。いつものごとく、買ってしばらく、積んだままになっていた本だ。

私が政治家をこころざし、一瞬たりとも得た思惑が、「人間の最も醜い状況をみて、死んでやろう」だったし、多分政治家になった後、「死ぬんだろうな」なんて思ってしまった自分がいた。議員会館に入った瞬間に、「死ぬための一歩だ」って思った自分がいた。まさに悪魔の誘惑だ。この本なら、理由や思惑が間違っているのだから、政治家には向いていないって宣告するだろう。まさにその通りだ。

ツール本なら20分、小説なら3時間、岩波文庫なら2日くらいかかる読書時間だが、この本はプロローグを読んだだけでも、一言一言に魂が込められていて、重い。聖書を読んだとき(私の宗教は仏教徒であり神道/気持ち的には無宗教)の重さに似ている気がする。なので、一つ一つ言葉をかみしめ、ブログに掲載していくことにした。

書き方としては、彼の思考をあわせて書くことにし、いかに彼がだめなのかをあらわせればそれでいい。そうやって一つ一つ封じ込め、完全に封じ込めることに成功すれば、私のパワーが多分、宇宙創造の瞬間のごとく、爆発し、原子をつくり、高分子をつくり、生命が創造され、さらに進化していくだろう。完全なる封じ込めは、できるのかできないのか、楽しみであるし、逆にアンチテーゼがいたほうが、人生に深みが出て面白いとか、そういった蛇足はさておいて、「人は人を何故殺してはいけないの?」ってジャビーな高校生の疑問に対する答えくらい難しいだろう。
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by generator_tomo | 2009-06-23 09:32 | 潜在意識

「生」の底辺あるいは、生き地獄

いろんな感情や思い、誤解、それを導く様々な経験があって、うまく文章としてまとめるのは、はなはだ難しい。なので、「とりあえず書いてみる」という作業を行いつつも、感情が錯綜して思考を乱してしまう。

私の今まで働いていた会社での経験とは、また別の次元、これは上位の次元なのか下位の次元なのかわからないけど、多分下位の次元じゃないかと思うものの、そういった今まで経験したことのない、事象が沢山でてくるので、生きていて面白い。

どんな不愉快な誤解や誹謗中傷も、新しい人生をまっとうするために必要な、開眼する意味での糧である気がする。

昔の会社の同僚たちも、何故こういうところで立ち止まるのか不思議だと思われるかもしれないが、人が人を扱う商売であって、その「人」が時としてある一部を欠落させていることが多いからである。その一部の欠落が、商売に影響するため、改善、修正、指導、乖離、排除を繰り返してしまう。

自分としての真実の「愛情」や「思いやり」が、時として人を傷付け、逆のパワーで跳ね返ってくる。そんな時、ひどい犯罪や許せない行為をニュースで見たときと同じく、「生」の底辺あるいは、生き地獄に落ちてしまった気持ちになる。

それでも、許そうと努力するも、アルコールを飲んで気晴らししないと「自然体」へと回復しない。

飲食に限らず、マーケットに直に触れ合うリテール業態においては、一般常識を持ちえた人材は集まりにくいが、教育次第によっては、ある一定のレベルまでにはいかようにも成長する。条件は、素直さ、謙虚さ、論理思考、ポテンシャル、相手を傷つけない言い方。その5つだ。その5つで、今後付き合えるか付き合えないか判断すると結構うまくいく。

これはあくまでもリーダーの判断であって、被判断者が判断するものではない。被判断者は、時として、素直さの基準、謙虚さの基準、相手を傷つけない言い方の基準や事例を設けないと、自身は素直であって謙虚であって・・・と思っている場合が多い。定性的なものまで定量化しないと、「素直でない」という認識を被判断者と共有できない。正直、異常だ。

そういう場合って、もはや話もしたくなくなるものだ。

10代からずっとリテール(接客中心)にかかわってきてしまうと、知識を受け取り吐き出す能力が失われがちで、相当な努力をしないと先には行けない。ただ、概して、年齢を重ねるごとに先に行きたがらなくなる。

まず謙虚さを失い、付き合う連中の感情論ばかりの中で、論理的な思考能力の成長が停止し、年齢とともにポテンシャルがしぼんでいく。何度言っても理解しない、文章を読むと一部分だけをピックアップし、批評批判する。抹消にこだわり本質を見ない。

私の勝手な思い込みかもしれないが、この不幸の連鎖を切ることが、会社の成長につながる気がする。
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by generator_tomo | 2009-03-31 01:53 | 潜在意識

リーダーシップの中身

今日の出社は午前7時。頑張ります!!

リーダーシップに悩む社員も結構いると思いますが、リーダーシップについて、まとめてみました。社員は経営者であってリーダー足るべき。当社のスタイルは、若干他社と違っておりまして、というのか、結構独特でありまして、店舗の経営は、原則社員に任せております。

人事、売上、メニュー開発、業態開発、その他もろもろ。私は追認するか、もしくは実際形つくられたものに対し、こうしたらよいとかああしたらよいとか、文句を言うのが仕事になっております。

当然、毎日の明確な日次決算のデータを見て、こうすべきああすべきは言っておりまして、営業利益に応じたインセンティブ報酬も、一般的な会社にはあまりないレベルのものも用意しており、形式的にも実質的にも社員、特に店長は店舗の経営者であります。

そんな中で、店舗の経営者足るべき店長は、ときおりそのリーダーシップに悩まされ、考え、成長します。再度、リーダーシップの中身を確認したいと思います。

以前記載しましたプロフェッショナルの中身に類似しておりますが、以下の通り。


【部下に対する役割/使命の提示】
ついてくる店舗スタッフがどのようなことをやるべきなのか明確に提示すべし。できない作業は、自ら示してできるようにすべきで、自ら示さないで、「やれやれ」の応酬であれば、スタッフはついてこない。とくに、飲食店の基本である「清掃」は、スタッフに任せるのは止めた方がよい。スタッフといっしょにやるのがベスト。


【プラス思考】
自分の機嫌が悪かったって、スタッフと話しもしないのでは、話にならない。いつも上機嫌で、つねにプラス思考。そういうリーダーでないと、一緒にいて面白くないし、気持ちが悪い。


【戦略思考】
具体的に周辺状況、人的にもマーケット的にも、把握して、戦略を立案する。どういう方向に持っていくのか、そのためには何をすべきなのかを常に考える。


【グッドコミュニケーション能力】
常に、部下がどのような感情をもっているのか、把握する。感情的にも、作業的にも、特に店舗運営は、情報共有があって初めて成り立つ。話もしないで、笑いも無いでは、スタッフは面白くないでしょう。


【プレゼンテーション能力】
自分が、何を考え、どういう風にしたいのかを常にアウトプットし、表現していく。方向性を明確に示せば、スタッフはついてくる。


【現場思考】
立案した戦略を、忠実に、着実に現場に落とし込む。決定した作業、例えばメニュー作成とかチラシ作成とか、その期限を自ら破るリーダーは、リーダーではない。


【常に高いモーチベーション】
感情の起伏があってもよいが、常に高いモーチベーションを維持すべき。どうでもいいでは、誰もついてこないし、成果も上がらない。


【期限/時間厳守】
無断遅刻、無断欠勤は、本当にやばい。ビジネスの基本、社会人としての基本を疑わざるを得ない。そんな基本的なことも、できないのであれば、誰もついてこないし、何も任せられない。


【あきらめ】
この仕事が生涯の仕事であるとか、ある年齢までの、最良の経験であると血や骨や肉になるまで思う必要あり。どこどこが儲かりそうだから、そっちにいこうとか、そもそもぶれる人に、儲かる話は出てこない。利用されるだけ。いろんな情報が充満してるけど、ぶれないで、一本筋を通しておくということと、その「継続」がその人の価値を決めていく。

以上であります。
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by generator_tomo | 2008-07-21 07:49 | 潜在意識