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いつの間にか病気がちになってしまった。今年2回目の入院だ。

実は、昨年2018年12月30日に、肝膿瘍という肝臓の病気で20日ほど入院していました。何か変な物でも食べたんだろうと思うけど、菌は特定されなかった。ドレーンを肝臓にさして膿を取り出すまで、40度超えの熱が3日ほど続いた。

2019年1月18日くらいに退院したけど、それから3月に入って20日くらいから調子を崩し、クリニックに行き抗生物質をもらうも40度超えの熱がで始めた。鼻の奥からジワリと痛みが広がり、風邪かなと思うも40代という年齢で40度超えは、また肝臓由来で、肝膿瘍の再発かと思い、22日金曜日に大学病院の救急へ行く。

そうしたらまた緊急入院だ。肝臓由来ということで、前回入院した時の抗生物質を使うも、どうやら肝臓よりも肺に影ができているということで診断名は「肺炎」に変わった。ひどい肺炎だったようで、21日から21日日曜日の朝まで40度超えの熱で苦しんでいた。

またしても朦朧とした日々を過ごしたわけだ。病室も前回の個室の隣の隣。3908号室が3906号室に変わっただけだ。仕事があるので個室にして、個室料の半分を経費負担とするのが妥当だと思うし税務署も認めてくれるだろう・・・。

徐々に熱は下がり、抗生物質を点滴で注入するという生活が数日続き、27日に退院だ。

何かがおかしい。

そういえば事務所を地元の駅地下徒歩20秒にしてからというものの、何かがおかしくなった。

特に事務所の下にある店舗が、地元の頭の悪い連中の溜まり場のような場所で、いわゆる中卒高卒の元不良グループ40代の集まりというような柄の悪い連中がいる。高速道路で平気で煽るような人相をした連中だ。気にもしたくないが、いちいち事務所からおりてくるとジロジロ見るので、気分が悪い。貧乏オーラを受けたく無いが、だんだんと腹が立ってくる。

もう直ぐ引っ越して1年になるが、再度移転しようと思う。もう少し静かなところにしよう。

# by generator_tomo | 2019-03-30 02:27 | 私の使命

いつの間にか42歳になった。

かれこれ、このブログを放置して6年以上が過ぎた。飲食事業は、私が管轄する事業に関しては、全て2月末で撤退となった。

最後は、横浜の麺業態の営業委託先がいきなり破産申請。取引名義を変えていなかったので、数ヶ月分の買掛金と水道光熱費の未払金、売上金の持ち逃げ、契約解除までの家賃負担ということで、かれこれ400万円の現金が出ていった。なかなかの飛ぶ鳥あとを濁す系の元従業員=営業委託先だった。

債権者集会が3月5日らしいが、文句を言いに行こうかと思うも、時間の無駄なので遠慮しておこうと思う。

事業家として、様々な事業に踏み込んでは失敗し、一部成功し、をこの6年間費やした感じだ。

昨年の投資金額は5000万円程度となった。主にシステム開発、新サービスのリリース、メディア買収、そして事業で使うマンションの一室の購入にかかった費用になる。

マンション買取の意味については後ほど記事にしたい。

どんな事業かといえば、一言でかつ印象良く言えば、婚活ビジネスとなる。そして一部の法人では、ある物事や考え方に特化した書籍をリリースしている。ここでは詳しくは書かない。そんななか、今まで培ってきたノウハウをさらに生かすために、ある最大手の婚活連盟への加盟を2月に行った。サイトはもう直ぐリリース予定だ。

加盟金として160万円程度を支払い、昨今の営業委託先の破産や、生活力のない血の繋がった人たちへの支援で数百万が飛び、今年もすでに、意味のある投資と意味のない投資含めて500万円は使ったかもしれない。

2010年くらいから種まきをしていた事業そのものは、売上は拡大路線で、売上は毎年上昇しているし、在庫を持たないので売上=粗利だ。グループ企業は、婚活関連1社、システム関連1社、不動産関連1社、社団法人2社と5社の大株主だ。

過去の記事にも記載しているように、目標はスモールビジネスの集合体だが、やはり物足りない。正直に言えばグループ売上は1億円にはほど遠いが、数千万円の売上のほとんどが利益なので、一般的なサラリーマンの生活水準よりは、はるかにマシだろうし、倒産させた昔の会社時代よりははるかに利益は生じている。

とはいっても同年代で、天上人になった人たちに比べたら、はるかにイケてないゴミみたいなポジションだろう。

しかし、

(1)外部の金融機関の支援は無し
(2)独自資本

というルールは決して破らず、今後もそれは破らないだろうと思う。仮に融資が利益拡大に直に繋がるのであれば、それはそれで検討の余地はあるかもしれないが、独自資本のみで1億円の利益を確保したいというのがとりあえずの目標だ。そこから考える。

過去に以下の記事を書いていたのに今気が付いた。


40歳までに実現したいことを記載しているが、かなりはずかしい。

僕は正直に真実を語りたい。
フェラーリ、
豪邸、
別荘、
世界各地の友人、
そしてその幸せを味会う時間、
とりあえず、この「5つ」が欲しい。
上記の「欲」・・・実現したのは0だ。本当に才能がないなと思う。
フェラーリは50歳までに買う。でもオーナーズクラブでいろんな人と知り合いたいと思う欲求がでてからかなと思う。

1000万円のメルセデスは買った。ただし、今の駐車スペースの幅などを妥協した結果であって、実はもっと欲しかった車があったけれども、とても満足している。

それなりのアッパーな暮らしをしつつも今何が大事なのか、何をすべきなのかはわかっている。数年前から、自分自身の社会の役割というのも感じている。どんな生き方をすべきなのかもわかってきている。社会の中の役割を実感し果たしつつも、個人的には、今やることは事業基盤の強化と拡大だ。そのための準備ができた。

営業委託先の破産等で迷惑を被ったが、そんなものは気にしない。たかだか400万円だ。1、2ヶ月程度の利益だ。ただしょぼいな〜。1ヶ月数千万円の利益がほしい。そのための基盤が今年だ。

そんなことを毎年いいつつも、言葉は実現するかのように、少しずつであるが実現していっている実感もある。

人生は短い。もう42歳だ。この前まで小学生だったのが今はおじさんの部類だ。信じられない。どう生きるか。死ぬまで働き続けるためにも、最新の世の中の技術やビジネストレンド、カルチャーにはついていく必要がある。もっと資金的に余裕があれば、あらゆる先行技術に投資しまくりたい。

そして子供たちに何を残す?

生き方を残したい。




# by generator_tomo | 2019-03-03 05:41 | 計画再認識

検索キーワード

検索キーワードを確認すると、未だに旧会社名で検索してくれる、特異な方もいるようで、私を忘れてくれていないんだなぁなんて、少しうれしいけど、複雑な心境。(笑)

ということで、ブログの移設はやめました。

こちらに、プライベートな記録を載せていこうと思う。

若気のいたりで、セキララな思いを綴っているのも、いいかなってね。将来子どもが読んだら、楽しんでもらえるのかなぁ、なんて。

35歳で、人生が変わったよ。

すべてがすっきりした。自分らの幸せを素直に追求できるようになった。
# by generator_tomo | 2012-07-03 16:45 | 雑談

人生の中間点、そして再出発、そして転機

各種事業、上手くいっているものもいっていないものもあるが、世帯年収が2000万円を超えた。

そうだ。ブログを移設しよう。
# by generator_tomo | 2012-07-03 08:54 | 人生

ビッグダディー111001を見て

映像を見る限り、あの編集ではダディーが悪者の評価になってしまうけど、隠岐への移住に関し、失敗したことで、相当に揉めたんだなぁと思う。

若妻さんの気持ちもわかるけど、先走り過ぎ。移住なんて、数ヶ月半年かけて調べて、実際見て決めるものだと思うけど、若妻さん1人で見に行っちゃって、スケジュールも決めて、さらには、履歴書持参すべき等の連絡事項も中途半端なところ、そりゃあ面接も何もあったもんではなく、隠岐の社長の評価は、××になってしまった可能性大。つまり、全ては準備不足。

そもそも、接骨の先生を長年やってきた方が、移住のためには就労が条件となっているけども、漁師になるという方向性に疑問。

加えて、忙しい時期のダディ含めて2人しか先生のいない接骨院を3日も休まざるを得ないわ、8月中旬なのに、移住は8月末ということで、院長先生も怒ってダディをくびにしてしまったと思われる。これで、完全にアウト。一気に、生活が困難になるし、寮も引き払わざるを得なくなる。たとえ長男が、同院で助手をしていても、院長としては、裏切られた感が強かったのだろう。

一気に、住まいを失い、職を失い、お金が無くなっていく。そんな危機に直面したのも、ダディが新妻を、隠岐でのスケジュールを勝手に調整、決められた段階で、抑えられなかったことが原因のような気がする。子どもの学校の2学期にあわせるということであるも、あまりにも早すぎる移住だ。そもそもの無理な設定が、完全な悪循環に陥ってしまった感が強い。奄美への出戻りを拒否されたことで、新妻があせったのか、それとも、別な事情もあるのか。どうやら、前妻と娘さんらも同地域に居住しているようでもあり。

週刊誌の悪意ある記事で、奄美の村は、住民300人の村社会なだけに、出戻り受入を拒否。基本的人権というのか、移転・居住の自由もあったもんではない。前妻と別れて新妻を連れてくることを拒否という、なんとも他人の人生に強烈に関与。もう少し人口の多い町の方が、移住は無難であるし、移住者の多い地域を選択したほうが良いという教訓を、視聴者に与える。

ただ、奄美に戻っても、前と同じで、貧困に苦しむのは目に見えているのでは?と思うものの、おそらく子ども手当てが充実してきたという政治的な情勢と、若妻さんの料理や子どもの世話など、しっかりされているようなところから、安心して農作業や釣り、接骨の施術に打ち込めるとダディは思ったのかもしれない。

日付が変わって明日、今回の企画の後半が放送される。うわさによると小豆島に移住されたとの話もあるけど、さてどうか。

2004年、ダディが書いてアップしたと思われる小説が、某掲示板にて掲載。前妻との離婚前後の確執など、理解でき、あの過去があるならば、やはりそもそも前妻との共同生活は無理であったであろうし、顔をあわせるたびに、その時のことが思い浮かび話をするのも嫌になるという気持ちも理解できる。

愛知の接骨院での施術の動画がアップされているが、ダディの左手小指に注目してもらえれば、爪先半分というか爪の部分が無いのがわかる。小説によると、離婚後すぐに復縁を迫られ、断ったときに指をつめたことになっている。そういう事情だ。

子ども好きであって、たくさんの子どもを育てるためには、自然がたくさんあるところが一番という考えには多いに賛成。しかし私だったらどうするか?あれだけの技術があるならば、ある程度の人口を持つ都市にて、資金調達して接骨院を開き、収入を安定させる一方、多少遠くても自然豊かな土地に広い家を借りるかなぁ。ただ、海の青さは犠牲にしないといけないかもだけど。

人生の勉強になります。そして、本当に、あの家族には幸せになって欲しいです。

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# by generator_tomo | 2011-10-07 03:13 | 雑談